2015年2月16日月曜日

芸術と言う才能は、時間を共有するコミュニケーションツール

この前買ってきた音楽の本に、歌詞に客観性を持たせるのに映画や漫画で人物を分析してレパートリーを増やすと良いということが書いてあって、早速昨日と今日映画を見て分析。


その中で、この写真の「ハチミツとクローバー」は友人の勧めもあって良い映画だった。

芸術家達の恋愛物語の作品なのだが、自分は同じ芸術(=音楽)を嗜むものとして、芸術に枠なんて必要ないということを劇中に改めて感じさせられた。

表現は自由、型にはまらず主体的にやりたいようにやれば良い。分かる人に分かればそれで良い、そんな昔の音楽に対する気持ちを思い出すというか、気付かされたというか、とにかく今はそんな初心の新鮮な気持ちがある。

また、劇中の焼き肉パーティーでは、芸術家の人たちを大勢集めてわいわいやってみたらどんなに楽しいのかな?とちょっと興味も湧くものだった。

自分の才能からの産物は、井戸のように枯れること無い。それをみんなと共有する時間を楽しませるために使う。これはとても素晴らしいことだと感じた。

自分のために芸術をすることが目的では、自分の経験上、ほとんどが長く続かないことは分かってる。

お金と言う尺度で計るのではなく、芸術を道具(楽しませたり、感情を共有したり、言葉で表せないものを表現したりするコミュニケーションツール)として使うこと。その素晴らしさを忘れていた。いや、見失っていたのかもしれない。

自分は最近、より多くの人に受け入れてもらおうと音楽理論やポピュラーミュージックを漁っていた。

基礎は確かに大切だけど、基礎という枠にはまりすぎちゃいけないと気付かされた。

そこの折り合いをしっかり意識しつつ、今後の音楽の勉強を進めていこう。そう思った。

自分の作品にもっと深みを持たせれたら。自分の芸術をいろいろなところで惜しみなく出せていけたら良いなと思った。

ちょっとそこを心掛けて、活動していってみよう。

と、心に思ったことを感じるままに綴った音楽日記でした^^


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