2015年4月10日金曜日

音楽はとても繊細なもの

今日も公務員勉強で日が暮れてしまいました^^

こんばんは、Mimusです!

勉強云々で音楽と距離をおくことで、はっと気づいたことがありました。

ということで、今日は

芸術で垣間みた世界 ー「音楽はとても繊細なもの」

について書きたいと思います。


今から4年前、私はサークルとは別の音楽仲間と音楽について話していた時に、「音楽は繊細だから扱いが難しい」と会話に出て、そのときの私はぱっとしませんでした。

私はまだ音楽活動を始めたばかりでアレンジメントが中心だったからでしょう。

そのときの仲間の ” 難しい ” の意味が分かる...と言うと嘘になるので言えませんが、私が感じた " 音楽の繊細さ " を少しばかり書きます。

「音楽の繊細さ」 それは " 音楽そのものを聴いて受け入れる " ことがとても難しく、理解できるのに苦労することが、その繊細さなのではないのかなと感じたのです。

それはどういうことか。


私は、作曲活動を始めて5年以上が経とうとしています。 その課程で、私はいろいろな " 偏見 " とまではいかないのですが、音楽はこうであるべきだという固定されたイメージに晒されるシーンがいくつかありました。

今まで私は独学で来ており基礎がなっておらず、何を守るべきで何が守らなくていいのかが分からなかった。そして一通り勉強した現状況の中、色々な方にモニタリングをしてもらい、いろいろと意見を言って頂く訳です。

一つ断ると、モニタリングをして頂くことはとてもありがたいことで、そのことに関して責めるなどということでは決してないのですが、いくつかの固定されたイメージがあることに気づいたのです。

具体的な例では、
「サビがない」
「急に雰囲気が変わって分かりづらい」
など。

サビがあるのはJ-POP曲の特徴であり、サビがない曲は洋楽などが多いです。日本の人、特に若い人に関してはやはり「音楽=サビがあるもの」という固定されたイメージがあり、そこに隠された本質(サビがある=J-POP)になかなか気づかない。

最初から最後までずっと同じ雰囲気で終わるのもJ-POPが多いと思います。この「雰囲気が変わらない」というのも固定されたイメージだと感じます。

これらの意見に、しばらく私は悩みました。

音楽自体を見てもらえない。サビがないと「変な音楽」って言われて終わってしまうのか...?など。

中には、恋愛曲に関しては
「たくさんの人と経験してきたことが書かれていそう」
この意見に関しては、モニタリングをして頂いた時に私がそのようなイメージを与えてしまったのかもしれませんが、" 決してそうではありません " (←勇気出して書いた...orz)

恋愛曲があるからと言って、その物語が必ずしもその人からこぼれ落ちたノンフィクションストーリーであるという訳ではありません。

音楽は本来娯楽のもの。表現するのも自由であって、これらのような固定されたイメージで見られるものではないと思うのです。

しかし、もしワン・クッションとなる間奏を入れるなど工夫できる余裕があるのであれば精一杯そこに尽力するべきですが、ここではそれは言っていません。

音楽は一つ一つ個性があって、その人の想いがあって、表現したい、伝えたいものがあるのです。その音楽という表現の仕方に、正解も不正解もないと思うのです。(←売れることを前提で話していません)

それを、サビがないから。雰囲気がコロコロ変わるからなどで、心の扉を閉ざしてしまってはいけない。

音楽はこういった固定されたイメージに常に晒され、理解を得てもらうのには時間がかかるとても扱いが難しいもの。

作曲を経験していろいろな所に行くと、その繊細さに気づかされるのです。

音楽駆け出しの人で、もし悩まされる時があるのなら、是非いろいろな音楽の本を読んで突き進んでいってください。あなたが表現したい方向へ、帆をしっかり張り極めるために突き進めば良いのです。

いろいろな本を読んでいくうちに、それに気づくことがあるのではないかと思います。

音楽は想像以上に繊細です。 

これが、私が芸術で垣間みた世界なのかもしれません...

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